「千曲市観光協会」「信州千曲川のほとり戸倉上山田温泉」

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歴史

 あんず・科野の里
《 国史跡・森将軍塚古墳 》
国史跡・森将軍塚古墳

長野県が「信濃の国」になる前の「科野のクニ」を治めていた豪族の墓として、約1,600年前に築かれた前方後円墳。 全長100m、善光寺平を見渡す標高500mの大穴山に築かれた。 後円部の竪穴式石室(長さ8m、幅2m)は日本最大級のもので、 鉄製の刀や鎌、三角縁神獣鏡、ヒスイの勾玉などの副葬品が納められていました。

昭和56年〜平成3年度にかけて、11ヶ年、5億円を費やして保存整備を行い、建築当時と同じ材料・工法で復原しました。
麓の森将軍塚古墳館から見学バスが出ます。(一般車は通行不可)

見学バス時間 午前9時〜午後4時
(月曜日及び祝日の翌日、冬期間は運休)
見学バス片道料金
一般 200円(160円)
小学生 100円(80円)
※( )は20名以上の団体料金
お問い合わせ 千曲市森将軍塚古墳館
TEL 026-274-3400  FAX 026-274-3403
URL http://www.city.chikuma.nagano.jp/app/kofun/
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《 千曲市森将軍塚古墳館 》
千曲市森将軍塚古墳館 森将軍塚古墳竪穴式石室の精密なレプリカ(実物大)や副葬品、埴輪などの出土品を中心に、展示しています。
古墳の構造や四季の景色がCG映像などで上映され、将軍塚古墳を解説しています。
見学バス時間 午前9時〜午後5時
(入館は午後4時半まで、月曜・祝日の翌日、年末年始は休館)
見学バス片道料金
一般 200円(160円)
小学生 100円(80円)
※( )は20名以上の団体料金
お問い合わせ 千曲市森将軍塚古墳館
TEL 026-274-3400  FAX 026-274-3403
URL http://www.city.chikuma.nagano.jp/app/kofun/
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《 長野県立歴史館 》
長野県立歴史館 森将軍塚古墳の麓に建設された県立歴史館は考古資料・文献資料の収集 とともに、 常設展示室・企画展示室を設けて、長野の歴史をわかりやすく展示しています。
開館時間 午前9時〜午後5時
(入館は午後4時半まで、月曜・祝日の翌日、年末年始は休館)
観覧料
一般 300円(200円)
高校・大学生 150円(100円)
小・中学生  70円(50円)
※( )は20名以上の団体料金
駐車場 無料
お問い合わせ 長野県立歴史館
TEL 026-274-2000  FAX 026-274-3996
URL http://www.npmh.net/
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《 象山砲術・試射地碑 》
象山砲術・試射地碑 幕末の士、佐久間象山がわが国で初めて大砲を実射した地。そのときの様子を歌った詩碑もあります。
お問い合わせ 千曲市観光協会 TEL 026-275-1326
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《 雨宮の渡し跡 》
雨宮の渡し跡 −川中島の合戦と雨宮の渡し−

「雨宮の渡し」は、昔、北国街道の要衝にあって千曲川渡船場として川中島平の死命を制するほどの重要な場所であった。 このため天文永禄年間、10年にもおよぶ甲越2軍の合戦のうち、最も有名な永禄4年の攻防においても、 この「雨宮の渡し」を制するか否かで、その後の戦術、戦況を左右した重要な地点となっていた。 合戦のおり甲斐の武田信玄は、 諏訪、松本地方から、信濃への侵入と共に、佐久、上田方面からも信濃奪取の野望に燃えて北信濃の諸城を攻め、 幾たびか戦いを挑んでいた。 天文22年、この武田軍に打ち敗られた坂城の葛尾城主、村上義清は、遠く越後の春日城に逃れて、 時の城主、上杉謙信に助けを求めた。 このとき謙信は、たび重なる武田軍の信濃侵入がやがて越後にも及ぶことを恐れ、 また理不尽な略奪とばかり義憤に燃えて直ちに兵を整え北信濃へ向けて東西2方面から川中島へ進出した。

善光寺を通過した上杉勢は、「雨宮の渡し」の重要さを知って、これを渡り、「渡」を制圧し東方の妻女山に陣をはった。 一方武田勢は妻女山の北方約3kmの海津城にこもり、たがいに要衝のため譲らず、対峙したまま日が過ぎていった。 やがて戦機が熟し、まず武田勢は兵を2隊に分け、1隊で妻女山の後方から攻め、上杉勢を川中島平に追出し、別の1隊は、 これをまち受け、迎撃せん滅しようとした。 しかし、これを事前に察知した謙信は、夜半、 急遽行動をおこし、人馬ともに静かに鞭声粛々と「雨宮の渡し」を押し渡り川中島平に進撃した。 このとき川中島平一帯は早暁の濃霧がかかり武田軍はこの動きを全く知らなかった。 やがて濃霧がうすらぐと同時に武田勢の眼前には、大牙(旗)を擁した上杉の大軍が突如現われ、疾風のようにおそいかかった。

上杉名代の「車懸」の戦法に、さしもの武田勢の陣形もゆらぎ、のの混乱に乗じて、謙信は一気に敵の本陣へ斬りこみ、 ここに有名な両雄の一騎打ちが、行われたのである。 しかし謙信としては残念ながら遺恨10年の一剣も実らず、遂に手傷を負わせただけで長蛇(信玄)を逸してしまった。 この戦いを雄渾に謳いあげたのが有名な頼山陽の詩、「川中島合戦」である。

当時の要塞、「雨宮の渡し」も幾百年もの時がたつにつれて、千曲川の流れも北に移動し、現在は豊穣な農地となって、 往時をしのぶすべもない。
地元ではこれを惜しみ、頼山陽の真筆「川中島合戦」の大碑を建て旧蹟を保存している。

【雨宮の渡し碑】

鞭 聲 肅 肅 夜 過 河   曉 見 千 兵 擁 大 牙
遺 恨 十 年 磨 一 劍   流 星 光 底 逸 長 蛇

鞭聲肅肅夜河を過る、曉に見る千兵の大牙を擁するを。
遺恨なり十年一劍を磨き、流星光底に長蛇を逸す。

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 蔵の街 稲荷山・八幡
《 芭蕉翁面影塚 》
芭蕉翁面影塚 「おもかげや 姥ひとりなく 月の友」は1688年に芭蕉翁が長楽寺来訪の折に詠んだ句で、 これを記念した碑が1769年に芭蕉の弟子の加舎白雄により長楽寺境内に建立された。
松島と並んで「日本三塚」のひとつとされるが、詳細は不明。
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 旅情戸倉上山田温泉
《 城山史跡公園荒砥城跡 》
城山史跡公園荒砥城跡 四の郭、三の郭、二の郭、本郭と登り、館や見張り台、兵舎、門、板塀、矢倉等を見ながら、心はいつしか中世へ。 戦国時代の連郭式山城、荒砥城を工法等までこだわった復元。城や遺構、展示品などさまざまな史跡環境のなか、 戦国時代へタイムスリップした気分。 山頂からは千曲川や温泉街、善光寺平が一望でき、城主気分で天下を見下ろせます。 またここから眺める日の出は最高で、1月1日には初日の出を見るイベントに人々が集まり、元日の新名所にもなっています。
開園時間 午前9時〜午後5時(ただし、入園時間は16:30まで)
休園日 12月29日〜1月3日
料金 大人300円(20名以上団体250円)
中学生以下無料
お問合せ 教育委員会 文化課文化財係
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